make a promise
ゴドウィン卿が持ち去った太陽の紋章が黎明の紋章、黄昏の紋章と共にソルファレナの王城に収まって数日。 ファレナ女王国中がお祭り騒ぎのごとく沸き立った。 それは前王アルシュタートの死から始まった、ファレナの内乱の終わりを告げる印であり、また若き女王の平和な治世の始まりでもあったからだ。 中でも首都ソルファレナの賑わいは一際だった。 市街は新たな女王リムスレーアと、この勝利に大きな役割を果たした王子シャハルを一目見ようとする者達で賑わい、初期は反乱軍と呼ばれた王子率いる軍のメンバーは揃って、王城で大々的な祝賀の宴を催した。 そんなにぎわうソルファレナを、シャハルは王宮の一角、ソルファレナを囲む湖の見えるバルコニーから、一人見下ろしていた。 夕暮れの近い時間、賑やかな祝宴の音が風に乗って聞こえるのが酷く美しい音楽のようで、シャハルは少し笑う。 思い切り羽目を外したどんちゃん騒ぎに発展した宴席を抜け出したのはついさっきの事。 主役である自分が宴席を抜け出すのは気が引けたが、どうしても『この時間』に『ここ』で、会いたい人がいたのだからしかたない。 そしてその会いたい人は・・・・。 「王子!」 階段を登る足音も感じさせずに、軽やかに背中から響いた声に、シャハルは振り返らずに笑った。 そして何も告げず、ただ姿を消しただけなのに、正確に自分を捜し当てた人物の名を呼ぶ。 「リオン」 「はい。どうしたんですか?みなさんが探してましたよ?」 「気にしなくていいよ。いい加減、呑まされるのもごめんだ。」 「え?お酒呑んでたんですか?」 「・・・・いいから、リオン。ちょっとこっちに来て。」 生真面目な護衛役にお説教を食らう前に、さっさと話を変えたシャハルに、リオンは大人しく従って、隣までやってくる。 見慣れた、ちょっと童顔な顔と、丁寧に結った漆黒の髪が視界に入ってシャハルは視線をそちらに向けた。 その視線に気が付いたのか、髪と同じ漆黒の瞳とシャハルのそれが絡んだ。 「もうすぐ時間だ。」 「?なんのです?」 「いいから、向こう見る。」 「???」 向き合っていたリオンの顔を湖の方へ向けさせて、自分もそっちを向く。 言葉もなく二人で湖を見つめ、城から届くざわめきに耳を傾けそして ―― 「・・・・わぁ」 夕暮れが一瞬にしてソルファレナをオレンジに染めていく様を、目の当たりにして、リオンが思わず感嘆のため息を漏らした。 湖も、市街も、王宮も、すべてが輝くようなオレンジに染まる。 元々、石造りの家の多いソルファレナは街全体が白っぽい色彩だ。 それ故、夕暮れの色の街になる。 その街を囲む湖面には日の光が跳ねて、キラキラと輝く。 「綺麗ですね・・・・」 目を奪われたように、一心に街を見つめて呟くリオンの横顔に視線をやって、シャハルは言った。 「うん。こうしてみるのは二度目だけどね。」 「え?・・・・・・あ」 「思い出した?」 「はい。闘神祭の前の事ですよね?」 「そう。」 闘神祭の前 ―― まだ、アルシュタートもフェリドも生きていた、あの時、こうして二人で夕陽を見たのだ。 まだこれから起こることを何も知らなかった頃に。 「・・・・色んな事がありましたね。」 ぽつり、と呟いたリオンの言葉にシャハルも頷いた。 「色んな事があって、色んな人がいなくなって・・・・色んな人と出会った。」 「はい。」 「それから」 「?」 言葉を切ったシャハルを不思議そうに、リオンが見つめる。 茜色に薄く染まったリオンの顔を真っ直ぐにシャハルも見つめた。 「それから、リオンを2度も失いかけた。」 「!」 驚いた顔をするリオンの手を、シャハルは絡め取った。 ドルフに刺されで目を覚まさなかった時、祈るような気持ちで握った手を。 離れていきかけた魂を引き戻した手を。 「リオン」 大切な言葉を言うように、シャハルはリオンの名前を呼ぶ。 そこにちゃんとリオンがいることを確かめるように、指を絡めて。 「約束してくれ。側にいるって。」 「それは、もちろ」 「それから」 大きく頷きかけたリオンを遮って、シャハルはぎゅっとつないだ手に力をいれる。 「命をかけて僕を護るんじゃなく、リオンの命すべてを僕と生きることに使って欲しい。」 「王子・・・・」 言われた事を噛みしめるように、リオンが呟く。 その頬に、シャハルは空いていた手を伸ばして触れた。 「もう二度とあんな思いはしたくない。危ない状況になっても、いつでも一緒に生き残る方法を考えてくれ。約束できる?」 最後の一言だけ、少し優しく囁くとリオンは大きく頷いた。 大きく、何度も何度も。 その瞳が、少し潤んでいるのを見てシャハルは苦笑した。 泣かせたかったわけじゃない。 ただ、約束して欲しかった。 大切なものを沢山零してしまった掌から、一番大切なものが零れていかないように。 「約束したからね。」 「はい・・・・!」 声を詰まらせるように返事をするリオンの頬にかかる髪をそっと梳いて、シャハルは急に思いついてつないだままの手を引っ張った。 「!」 なんの覚悟もなかったのか、あっさりこっちへ傾いたリオンの額に微かにシャハルは唇で触れた。 「っっっ!?」 カチッと音がしそうな程、見事に硬直したリオンからするりと、手を離してシャハルは悪戯っぽくその顔を覗き込む。 「顔が赤いよ、リオン。夕焼けに染まった?」 「お、お、王子っっ!!」 「ははっ」 真っ赤になって叫ぶリオンに声を立てて笑って、シャハルは踵をかえす。 「さて、宴席に戻ろうか。そろそろリムとか、ミアキスに探されそうだ。」 「あ、はい!・・・・王子!」 「ん?」 肩越しに振り返ったシャハルに、夕焼けを背にしたリオンが、やっぱり真っ赤な顔のまま言った。 「私はずっと王子のお側にいます!」 「・・・・・・・」 今まで繰り返していた言葉と同じようで、響きが少し違っている事がわかった。 それはきっとリオンの新たな決意で。 それがとても・・・・とても嬉しくて、シャハルは困ったように笑った。 そして、離れていた数歩の距離を縮めるとリオンの耳に口を寄せて、囁く。 胸が潰れるほど心配させて、それでもなおこんなに嬉しい気持ちにさせる少女に、せめてもの意地悪のつもりで。 「そう言う時は『愛してます』って言うんだよ」 「なっ!?え?ええ!?」 「ほら、戻るよ。」 もう、夕焼けに染まっただけとは言い訳できないくらい真っ赤に染まった顔で狼狽えるリオンに、口元を上げて笑いかけてシャハルはさっさと歩き出す。 「待って下さい!王子!」 ―― 変わらず、追いかけてくる気配を背中で感じながら 〜 END 〜 |